tuning
違和感という小さな羅針盤 〜その小さな引っかかりを見過ごさないでほしい
かず / Kazu |
弦楽器には、不思議な性質がある。
チューニングをしたはずなのに、演奏しているうちに、ほんの少しだけ音が合わなくなっていくことがあるという。誰かに指摘されるほどではない。しかし、弾いている本人には、その微妙なズレがわかるそうだ。「なんとなく、気持ち悪い」という感覚。
私は、違和感というのは、この「なんとなく、気持ち悪い」という感覚に近いものだと思っている。
はっきりとした理由は言葉にできない。それでも、確かに何かが引っかかっている。その小さな引っかかりを、私たちはどれくらい大切にできているだろうか。
なぜ、違和感は無視されがちなのか
違和感は、とても静かなシグナルだ。怒りや悲しみのように、はっきりとした形を持たない。だからこそ、私たちは日々の忙しさの中で、簡単にそれを見過ごしてしまう。
もうひとつ、違和感を無視してしまう理由がある。それは、違和感を口にすることが、どこか「わがまま」や「甘え」のように受け取られてしまう感覚だ。
周りはうまくやっているように見える。自分だけが引っかかっているのだとしたら、それは自分の忍耐が足りないせいかもしれない。そんなふうに、違和感そのものを疑ってしまう。
だが、違和感というのは、本来はもっとニュートラルなものだ。それは良い悪いの判断ではなく、「いまの自分と、いまの状況との間に、何かしらのズレがある」という事実を知らせてくれているだけに過ぎない。
このズレに早く気づけるかどうかは、その後の選択に大きく関わってくる。小さなズレのうちに気づけば、微調整で済むこともある。ただ、気づかないまま放っておくと、ズレはどんどん大きくなり、ある日突然、大きな音の乱れとして現れる。
違和感の3つの種類
違和感には、いくつかの種類がある。整理しておくと、自分がいま何に引っかかっているのかが、少し見えやすくなる。
① 人間関係の違和感
誰かとのやりとりの中で、言葉にできない引っかかりを感じることがある。悪意があるわけではないのに、どこかすれ違っている感覚。会話は成立しているのに、なぜか疲れてしまう関係。こうした違和感は、自分がどんな関わり方を心地よく感じるのかを教えてくれる。
② 価値観の違和感
自分の中にある「こうあるべきだ」という感覚と、目の前の状況との間にズレがあるときに生まれる違和感だ。効率を重視する場で、丁寧さを大事にしたい自分がいる。競争を求められる場で、協調を大事にしたい自分がいる。この違和感は、自分が本当は何を大切にしているのかを映し出す鏡になる。
③ 環境の違和感
場そのものが持つ空気、リズム、テンポに対して感じる違和感もある。落ち着いた環境が心地よい人もいれば、変化の激しい環境に活力を感じる人もいる。自分にとって心地よい「間」や「テンポ」を知ることは、意外と見過ごされがちだが、とても大切な自己理解のひとつだ。
違和感を言語化する、3つの問い
違和感を無理に消そうとする必要はない。まずは、その違和感を、少しだけ言葉にしてみることから始めてみたい。
その違和感を覚えたのは、具体的にどんな場面だったか。
もしその違和感がなくなるとしたら、状況の何が変わっている必要があるか。
同じような違和感を、これまでにも感じたことはなかったか。
三つ目の問いは、特に大切にしたい。違和感は、一度きりで終わることもあれば、形を変えて何度も現れることもある。同じ種類の違和感が繰り返し現れているとしたら、それはあなたにとって、かなり根の深い「大切にしたいこと」を指し示している可能性が高い。
違和感の奥にあるもの
心理学の世界には、人が何によって動機づけられるかを説明する自己決定理論という考え方がある。そこでは、人が心地よく力を発揮できる条件として、「自律性」「有能感」「関係性」という三つの欲求が挙げられている。自分で決めているという感覚、自分にはできるという感覚、誰かとつながっているという感覚。
違和感の多くは、実はこの三つのどれかが満たされていないときに生まれているのではないか、と私は感じている。
自分で決めている感覚が持てない場面で、違和感が生まれる。自分の力が発揮できていないと感じる場面で、違和感が生まれる。誰ともつながれていないと感じる場面で、違和感が生まれる。
違和感の正体を探るとき、この三つの視点から見つめ直してみると、漠然とした引っかかりに、少しだけ輪郭が見えてくることがある。
羅針盤としての違和感
違和感は、決してネガティブなものではない。それは、いま自分が向いている方向を確かめるための、小さな羅針盤だ。
海を渡る船が、常に真っ直ぐ進めるわけではないように、私たちのキャリアも、まっすぐな一本道ではいられない。風に流され、少しずつ進路がずれていく。そんなとき、羅針盤の針のわずかな揺れに気づけるかどうかが、大きく道を外れる前に軌道を整えられるかどうかを分けている。
違和感を、すぐに解決する必要はない。ただ、その針の揺れに、気づいてあげてほしい。
自分の音を聴くというのは、心地よい音だけを聴くことではない。むしろ、少しだけ音が合っていない、その微かなズレにこそ、耳を澄ませてみること。違和感という小さな羅針盤は、いつも静かに、あなたが本当に進みたい方向を指し示している。
かず / Kazu キャリアコンサルタント