etudes
Études:練習曲という、終わりのない営み 〜なぜ、学び続けるのか
かず / Kazu |
「エチュード(Études)」という言葉に、聞き覚えがある方もいるかもしれない。
エチュードとは、フランス語で「練習曲」のこと。特定の技術を磨くために作られた、地味で、繰り返しの多い、それでいて演奏者にとって欠かせない曲だ。
ショパンやリスト、ドビュッシーといった作曲家たちは、練習曲を「ただの練習」では終わらせなかった。技術を磨くための曲でありながら、芸術作品としても完成された美しさを持つ。それが、彼らのエチュードだった。
私は、人のキャリアもエチュードに似ていると思っている。
完成された一曲を披露するためにあるのではなく、日々の小さな練習の積み重ねそのものが、その人のキャリアを形作っていく。うまくいかない日も、繰り返しのように感じる日も、すべてがその人の「音」を磨く時間になっている。
この記事では、「キャリアは練習曲のようなものだ」という視点から、私たちがどう日々のキャリアと向き合えばいいのかを、考えてみたい。
「完成」という幻想
私たちは、キャリアを「目的地」のように捉えがちだ。
いい会社に入る。出世する。独立する。定年まで勤め上げる。どれも立派な目標だ。ただ、それらの「ゴール」に辿り着いた瞬間、何が起こるだろうか。
多くの人は、辿り着いた場所で、また新しい問いに直面する。
「これから、どう生きていけばいいのだろう」 「自分は本当に、これがやりたかったのだろうか」 「次の節目までに、何を積み上げればいいのだろう」
ゴールは、いつも次のスタート地点になる。私たちは、終わらないキャリアという旅の途上にいる。完成という言葉は、もしかしたら幻想なのかもしれない。
エチュードに学ぶ、3つの姿勢
エチュードという音楽形式は、キャリアの本質を考える上で、3つの大切な示唆を与えてくれる。
① 同じことを、違う深さで繰り返す
エチュードは、似たような旋律やパターンを何度も繰り返す。だが、繰り返すたびに、演奏者の理解は深まり、表現は変わっていく。同じ楽譜であっても、経験を重ねた演奏家が弾く音と、学び始めたばかりの演奏家が弾く音とでは、まったく違うものになるという。
キャリアも同じだ。毎日同じような仕事をしているように見えても、その人の中では、確実に何かが変わり、深まっている。「同じことの繰り返し」だと感じる時期こそ、実は最も大切な練習の時間なのかもしれない。
② 苦手な部分こそ、大切に弾く
優れた演奏家ほど、自分の苦手な部分を丁寧に練習する。得意なところを何度繰り返しても、上達には限界がある。弱い部分にこそ、成長の余地があるからだ。
キャリアにおいても、これは同じだ。私たちは、得意なことや成果が出やすいことに時間を使いがちだが、本当の意味で自分を広げてくれるのは、苦手なこと、避けてきたこと、向き合えなかったことだ。それは新しいスキルかもしれないし、人間関係の苦手なパターンかもしれない。地味で、つらく、即効性がない時間だからこそ、それは「自分の音」を深めるエチュードになる。
③ 「うまくなること」よりも、「続けること」
音楽の世界には、こんな言葉があるという。「練習しない日は、上手くならない日じゃない。後退する日なんだよ」。少し厳しい言葉だが、本質を突いている。楽器は、毎日触れていないと、確実に鈍るという。それでも、毎日少しでも触れていれば、ほんの少しずつ、確実に何かが積み上がっていく。
キャリアもまた、続けることそのものに価値がある。派手な転機や劇的な成功がなくても、日々の小さな営みを続けている人は、気づかないうちに、確かなベースラインを刻んでいる。続けることは地味だ。それでも、続けることこそが、最も深い練習なのだ。
キャリアという練習曲を、どう弾くか
では、私たちは日々のキャリアを、どう「練習」していけばいいのだろうか。3つの問いを、ご一緒に考えてみたい。
問い①:いま、どんな練習をしていますか?
意識せずとも、私たちは毎日、何かしらの「練習」をしている。誰かに説明する。判断に迷いながら決断する。苦手な相手と話す。新しい知識に触れる。そのすべてがエチュードだ。ただ、無自覚に繰り返しているだけでは、同じところを行ったり来たりするだけになってしまう。「いま、自分は何を練習しているのか」を意識することで、日々の営みは、ぐっと深い学びに変わる。
問い②:苦手な部分は、どこですか?
少し勇気が要る問いだ。人前で話すことかもしれない。細かい作業を続けることかもしれない。自分の意見を伝えること、あるいは他人を頼ることかもしれない。苦手な部分は避けて通れる。だが、避け続ける限り、その部分の音はずっと鈍ったままだ。完璧に克服する必要はない。ただ「これは私の苦手な音だ」と知っているだけで、向き合い方は変わる。
問い③:何を、続けたいですか?
私たちの人生で、「続けること」は思うほど多くない。仕事、関係、学び、健康習慣、趣味。どれも、意識して続けない限り、自然に消えていく。何を続けたいのか。何を続けることで、自分の音が深まっていくのか。その答えは、すぐに見つからなくても構わない。ただ、その問いを持ち続けること自体が、キャリアという練習曲の、大切な一節になる。
終わりのない営みのなかで
キャリアには、明確なゴールがない。「ここまで来たら終わり」という地点は、たぶんない。あったとしても、それは次の始まりに過ぎない。
それを、寂しいと感じる人もいるかもしれない。プレッシャーに感じる人もいるかもしれない。
それでも、私はこう思っている。キャリアにゴールがないということは、私たちはいつでも、どこからでも、新しい音を奏で始められるということだ。
50代から学び直す人がいる。60代で新しい仕事を始める人がいる。20代で自分の道に迷い、また別の道を見つける人がいる。人生のどの瞬間も、誰かにとっての「練習曲のはじまり」になり得る。そして、終わりのない営みのなかで、私たちは少しずつ、自分だけの音を見つけていく。それが、キャリアというエチュードの、本当の美しさなのではないだろうか。
おわりに
完成された一曲を披露しなくていい。誰かより上手に弾けなくていい。
ただ、自分のリズムで、自分の音を、毎日少しずつ磨いていく。うまくいかない日も、退屈な日も、そのすべてが、自分のキャリアを形作っていく音になっている。
Career Basslineは、そんな日々の営みに寄り添う場所でありたいと思っている。
ベースラインのように、静かに、長く、続いていく音を。あなたの練習曲の、ささやかな伴奏として。
かず / Kazu キャリアコンサルタント